〈BonBonStore〉デザイナー井部祐子と、公私共によい関係である〈Le pivot〉のデザイナー、小林一美さん。井部は、小林さんの細やかな気遣いやきちんとした立ち居振る舞いに、常々感心しているのだそう。「小林さんのブレない軸を、軸が大切な傘のブランドとして見習いたい!」ということで、コラムのVol.5回目にて、小林さんにインタビューさせていただきました。
〈BonBonStore〉デザイナー井部祐子と、公私共によい関係である〈Le pivot〉のデザイナー、小林一美さん。井部は、小林さんの細やかな気遣いやきちんとした立ち居振る舞いに、常々感心しているのだそう。「小林さんのブレない軸を、軸が大切な傘のブランドとして見習いたい!」ということで、コラムのVol.5回目にて、小林さんにインタビューさせていただきました。
” 軸がブレない人 “
井部 ル・ピボットはフランス語で軸という意味ですよね。小林さんのものづくりを見ていると、そのブランド名の通り、本当にブレない人だなと思うんです。しかも小林さんは万年筆を20年来偏愛している。万年筆のポイントもやっぱり軸。なんだか納得したんです。
小林 ブランド名には、「一本の軸が通ったものづくり」という意味が込められていて、万年筆からつけたわけじゃないんですが(笑)。確かに私は好きなものがはっきりしているという意味では、ブレない軸がある方かも。
井部 小林さんの万年筆愛は、本当にすごい。「文房具好き」っていうレベルを超えている(笑)。
小林 万年筆好きって男性が多い。専門店で見かけるのもおじさまばかりですね。そもそも好きになったきっかけも、池波正太郎が書いた『男の作法』というエッセイなんです。出てくるエピソードが格好よくて。あるとき、長野県上田市の〈池波正太郎真田太平記館〉で生原稿と愛用していた万年筆を見たら、その優しい強さに魅了されたんですね。。
井部 最初のきっかけが、『男の作法』っていうのがいいよね。
小林 本とか映画に影響されることはありますね。例えば、万年筆に合う紙として〈スマイソン〉のノートを愛用しているんですが、〈スマイソン〉を好きになったのは映画のワンシーンからです。イギリス王室の書斎のシーンで、素敵な紙を使っていたのが気になって、調べました。1枚1枚透かしが入っているのも美しく、ごく薄いのにインクが裏抜けしないのも素晴らしいし、何より、実際触ってみたときの紙の音には感動しました。
井部 私も〈スマイソン〉のパナマという手帳を愛用しています。初めて買った万年筆はどんなもの?
小林 最初はやっぱり、価格もそれなりにするし、何本も買うわけじゃないと思っていたから、何にでも使えるものがいいかもと思っていたんです。日本人は漢字を書くので、最初は日本のブランドを勧められましたが、心惹かれるペンがなくて。私は漢字を書くためのペンではなく、格好いいペンが欲しい!と初志貫徹。〈デルタ〉のドルチェヴィータミニを買いました。実は、ステンレスのペン先で初心者には書きやすい〈ヴィスコンティ〉のヴァン・ゴッホというモデルと迷ったのですが、結局、両方買ったんです。その少し前に、フランスのアルルにあるゴッホカフェに行ったことにもご縁を感じて。
井部 それから少しずつ増やしていったんですね。今はかなりの数をお持ちで。
小林 万年筆に合わせて紙を選ぶのと同じように、インクに合わせて万年筆を選ぶのも楽しいんです。例えば、〈ペリカン〉のムーンストーンという限定色の薄いグレーのインクをどうしても使いたくて、グレーの軸のスーベレーンM400を合わせるとか。このインク、極細のペン先を使うと濃淡が出やすいんですが、私は中字が好きだから、専門店で濃淡仕上げという調整をしてもらいました。
井部 ものすごいこだわり!
小林 モノトーンの服のときにオレンジのインクを使うとか、もうほんと自己満足です。万年筆やジュエリーなどの新しいものを初めて使うのは新月の日、って決めていたり。自分で自分を面倒くさくしてる(笑)。
井部 人から見たら面倒でも、小林さんは楽しそう。自分で自分の機嫌をとれるのは大人ですよね。普段のメモなんかにも万年筆を使うんですか?
小林 仕事で伝票を書いたりするときはボールペンです。考えごとや思いついたことをノートに書き留めたり、スケッチをしたりするのは万年筆ですね。企画の構成をするときに作るマトリックスなんかにも、万年筆を使います。
” 職人の手仕事を敬う気持ちを大切に “
井部 万年筆は使うときに蓋を開ける仕草もいいんですよね。余裕が感じられる。
小林 くるくるって回してね。道具って、使い心地も大切なんですよね。ボンボンストアの傘も、雨が当たる音がいいから、使うときはイヤフォンを外すようにしています。
井部 雨音なら番傘はすごいですよ。雨が降ってる!って感じがする。閉じると水が一気に流れおちる音とかもたまらない。
小林 憧れる! まさに職人の手仕事を感じますね。井部さんが最初に買った〈アウロラ〉のスケッチペンも職人の手仕事。たくさんある選択肢からそれを選ぶのが、さすが井部さんだなあと思いました。〈アウロラ〉は、ペン先も軸も全部一貫して自社で作っているそうで、傘の職人技を大事にしている井部さんはやっぱりそういうものを選ぶんだなと。
井部 どこの世界でも、やっぱり職人さんのこだわりには惚れますね。以前は、子供用万年筆で描いたスケッチを工場に渡していたから、線の柔らかさから形のイメージを掴んでもらったりしていたんですよね。今はパソコンで作った図面だから、みんな同じになっちゃうって、工場のおじさんに言われることもある。それで最初はスケッチペンを買いました。どうしても欲しくなって、誕生日の記念に買おうと、小林さんに選び方からアドバイスしていただいて。
小林 「どんなときに使いたいですか」って聞いたら、「詫び状」って言ったんですよね(笑)。
井部 お客さまにお手紙書いたりするときに、やっぱりパソコンよりちゃんと手書きしたいなって思っていたんです。特に自分の言葉で謝らなきゃいけないときに大切だと思って。そろそろ万年筆を使ってみようかな、と友達と盛り上がっていたところでした。もともと紙が好きだから、インクが染みる感じとかで、インクの溜まり具合、微妙な色とかにも惹かれるし。
小林 それで南青山にある専門店の〈書斎館〉に行ったんですよね。価格も種類も美術館並みにたくさん揃っていてひと通り見られるし、もっと安く買えるお店もあるけれど、試し書きが水だったりする。最初はやっぱりインクで試してみたいかなと思って。
井部 最初に買うときは、自分の名前や住所、または画数の多い漢字を試し書きするといいよ、と言われました。「永遠」の「永」が、止めと払いがすべて入っているから特に書き味がわかりやすいよ、って。王羲之の教えが日常に生かされるってことですね。と言いいつつ私の試し書きは丸を繰り返しているという……(笑)。
小林 でも井部さんは感覚で選ぶのもいいかなと思いました。想像していたのと違うものを選んだりするから。人のお買い物に付き合うのも面白いものだなーって。
” ものを大切に使うこと “
井部 扱い方も教えてくれたのよね。万年筆はインク漏れしちゃうから、バッグの中でも自宅でもなるべく縦にしておいたほうがいいですよとか、もし漏れてしまったら水で洗うんですよとか。
小林 お手入れも必須ですね。軸を拭くときは、パールのアクセサリー用の布を使います。凝り性だから、ケアの仕方を調べるのも好きなんですよね。使わないとダメになってしまうから、頻繁に使わないものは毎日、試し書きをしておくんです。
井部 すごい。お手入れが日常に馴染んでいるのね。
小林 そんな大したことじゃないんですよ。朝、コーヒーを入れてメールチェックしながら、5〜6本の万年筆を試し書きするだけ。それが日常のお手入れになっているので、ペン先の調整くらいで、修理になったことはないんです。
井部 私も小林さんも、ものをつくっている人って、やっぱりものを投げやりにはしたくないんですよね。傘も修理をどこまで受けるべきなのかって悩むときもあるけれど、可能な限りは直してあげたいって思うし。ものは使う人によってすごく変わると思うんです。
小林 私も、糸をどうやって何本合わせて撚るか、みたいなことを考えて服を作っているからわかります。忙しくても、「そういえば今日は万年筆を触ってないな」って夜に気づいたら、少し書こうって思う。
井部 私たちはものづくりの最終ポジションにいるから、それまで関わってくれた人たちの仕事を無駄にしないよう、きちんとしないとね。最近こそ、サスティナビリティなんて言葉も意識されるようになったけど、今の世の中って使い捨てが多くてついていけない。最近、やっとモノの本質はどこにあるのか、ということを考えるようになってきました。万年筆を持ったことで、ひとつ成長できたみたい。
プロフィール
表参道にアトリエがある〈Le pivot(ル・ピボット)〉のデザイナー。20代よりファッション業界で活動し、2012年に自身のブランド「ル・ピボット」をスタート。
撮影/福場慎二 ライター/藤井志織